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札幌地方裁判所 昭和45年(ヲ)585号 決定 1970年6月01日

申立人 太平工業株式会社

主文

札幌地方裁判所執行官は、札幌簡易裁判所昭和四三年(イ)第二二号建物明渡和解事件調書の観光商事株式会社承継人有限会社あけぼのに対する執行力ある正本に基づく申立人の申立による強制執行を実施せよ。

理由

第一申立代理人は、主文同旨の裁判を求め、その理由として要旨つぎのとおり申し立てた。

一  申立人は、昭和四四年一二月二五日申立人と観光商事株式会社間の札幌簡易裁判所昭和四三年(イ)第二二号建物明渡和解事件調書の執行力ある正本に基づき、右観光商事株式会社に対して建物明渡の強制執行に着手したが、債務者の懇請を容れて同日の執行を延期した。

二  ところが、翌二六日有限会社あけぼのは、札幌地方裁判所に申立人を被告として第三者異議の訴を提起するとともに、強制執行停止の申立をして同裁判所からその停止決定をえたため、同日右執行は停止されるに至つた。

三  そこで申立人は、札幌地方裁判所執行官に対する右強制執行の申立を取り下げるとともに、昭和四五年一月九日札幌簡易裁判所から有限会社あけぼのを債務者の承継人とする執行文の付与を受け、翌一〇日右執行官に対し同有限会社に対する強制執行の申立をしたところ、同日同執行官は、福岡高等裁判所昭和二九年六月二八日決定(高裁民集七巻六号四九八頁)を援用してその執行を拒絶した。

四  そこで申立人は、前記第三者異議訴訟事件の第一回口頭弁論期日に、観光商事株式会社に対する強制執行はすでに解放されている旨主張して弁論の終結を求めたのであるが、有限会社あけぼのが右第三者異議の訴を請求異議の訴に変更し、裁判所もこれを許可したため、右訴訟は札幌簡易裁判所に移送されて現に係属中である。

五  申立人は更に、昭和四五年四月八日後記六の3の理由をもつて札幌地方裁判所執行官に再度有限会社あけぼのに対する強制執行の申立をしたところ、同執行官村津泰志は、同月一三日付の書面をもつて申立人に対し、執行官としては前記福岡高等裁判所の決定を支持するし、訴が変更されても執行停止決定の効力は本案判決があるまでその効力を持続するものと解するので執行に着手することはできない旨通知してきた。

六  申立人は、札幌地方裁判所執行官が申立人の二回にわたる有限会社あけぼのに対する執行申立について、その執行を拒否したことは違法であると考える。そして、その理由はつぎのとおりである。

1  第三者異議の訴に基づく執行停止の効力は、強制執行の解放によつて当然に失効するものと解されるから(大審院大正一五年二月三日判決、民集一九巻八三頁参照)、申立人が前記のように観光商事株式会社に対する強制執行の申立を取り下げて執行が解放された時点において、有限会社あけぼののための停止決定は失効したものというべきである。

2  仮にそうでないとしても、右停止決定が特定の債権者から特定の債務者に対する強制執行についてのみその効力をもつものであることは、判例・学説上ほとんど異論のないところである。従つて、前記執行官の援用する福岡高等裁判所の決定が、「第三者異議の訴にもとづく停止決定は、当該債務名義による当該執行の目的物に対する全般的執行を停止するものであるから、その債権者のためには、その目的物に対する限り、再度の強制執行はもとより、右第三者を債務者の承継人としても、その執行をなすことはできないものである。」と述べて、執行停止決定の効力を特定の債務者に対する強制執行に限定すべき必要はないとしているのは明らかに誤りである。それ故執行官は、本件において「特定の債務者」である観光商事株式会社以外の者に対する強制執行についてはその効力の及ばない停止決定をもつて、申立人の有限会社あけぼのに対する強制執行を拒否することはできないのである。

3  さらに、裁判所が第三者異議の訴を請求異議の訴に変更することを許可した場合には、第三者異議の訴に基づく執行停止決定はその効力を失うものと解すべきである。なぜならば、この場合の訴の変更は、いわゆる訴の交換的変更であつて、旧訴は取り下げられたものと解すべきだからである。

4  第三者異議の訴に基づく執行停止決定と、請求異議の訴に基づくそれとでは、原告勝訴の蓋然性と被告の蒙ることのある損害額の大小から保証金額に大きな差異があり、実務上前者の保証金額は後者のそれよりもはるかに少額に決定されている。原告が訴訟技術によつて多額の保証金を免れることが許されるならば、それは甚だ不合理なことであるから、この点からしても、第三者異議の訴に基づく執行停止決定の効力は、請求異議への訴の変更によつて失効するものと解すべきである。

5  以上の理由によつて、札幌地方裁判所執行官は、申立人の申立による前記強制執行を実施すべきものであるから、申立の趣旨記載の裁判を求めるため本申立に及んだものである。

第二立証<省略>

第三一 申立人提出の右各証拠(それはいずれも、その方式および趣旨によつて、公務員が職務上作成したものかまたは訴訟当事者が訴訟書類として作成したものと認められるから、全部真正に成立した文書と推定することができる)によると、申立人主張の第一の一ないし五の経過事実を認めることができる。

二1 第三者異議の訴の係属中に被告である執行債権者の申立によつて強制執行が解放されても、それによつて執行停止決定の効力が当然に消滅すると解することはできない。蓋し、第三者異議の訴の利益は、執行の解放によつても失われない場合があると解されるから(最高裁判所昭和三九年五月七日判決、民集一八巻四号五七四頁参照)、右訴の本案判決前に、執行停止決定の効力のみが執行の解放によつて一律に消滅するとはいえないし、また再度の執行に当る執行機関(殊に執行官の場合)をして、前の執行停止の効力の存否を判断させることも極めて不適当なことだからである。そうすると、本件において、申立人が観光商事株式会社に対する強制執行の申立を取下げることによつてその執行が解放されても、それによつて前記執行停止決定が失効したということはできないわけである。

2 第三者異議の訴に基づく執行停止決定の効力が申立人主張のように特定の債務者に対する執行についてのみ及ぶもので債務者の承継人に対する執行については及ばないものと一般的にいえるかどうかは別として、少くとも、第三者異議の訴の原告を債務者の承継人とする強制執行については、その効力を及ぼさないものと解される。なぜならば、右訴の原告である者を債務者の承継人とする強制執行においては、彼に対する承継執行文の付与によつて、彼は債権者に対して執行の目的物に関する権利を主張しえない執行債務者という第三者とは別異の立場に立たされたのであるから、第三者としての彼のための執行停止決定は、債務者としての彼のためにはその効力を及ぼさないものと解されるからである。

そうすると、本件において、昭和四五年一月九日札幌簡易裁判所が申立人に対し有限会社あけぼのを観光商事株式会社の承継人とする執行文を付与し、申立人は、これによつて右有限会社に対する強制執行を実施しようとしているものであることは前記のとおりであるから、右有限会社がさきに第三者としてえた執行停止決定は、申立人の同会社に対する強制執行についてはその効力を及ぼすものではないのである。

三 以上の理由によつて、札幌地方裁判所執行官は、申立人の申立による有限会社あけぼのに対する強制執行を実施すべきものであるから本件申立は理由がある。

そこで、その他の点についての判断を省略して申立を認容し、主文のとおり決定する。

(裁判官 羽石大)

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